僧帽弁閉鎖不全症の原因、症状、診断、治療についての完全ガイド
この記事を書いた人
帝京大学医学部附属病院 心臓血管外科 主任教授
下川 智樹
成人の心臓外科として、冠動脈、弁膜症、大血管、先天性、心筋症、不整脈など、あらゆる分野の手術を行っています。得意分野は冠動脈バイパス手術、僧帽弁形成術、自己弁を温存する大動脈弁手術、小さな皮膚切開で行う完全内視鏡心臓手術、大動脈手術です。(心臓手術の無料相談を受け付けています)
僧帽弁閉鎖不全症とは?
僧帽弁閉鎖不全症とは、左心房と左心室の間にある“僧帽弁”という弁がうまく閉じなくなることによって、血液の逆流が生じる病気です。心臓弁膜症の1つとして知られており、進行すると心不全などを引き起こす恐れがあります。
このページでは、僧帽弁閉鎖不全症の概要や原因、主な治療方法などについてご紹介します。
心臓には4つの部屋があり、それぞれの部屋の間に血液の逆流などを防ぐための“弁”があります。しかし、この弁が何らかの理由でうまく閉じなくなってしまうと、心臓の中で血液が逆流してしまう“閉鎖不全症(逆流症)”を引き起こします。
閉鎖不全症はあらゆる弁に起こる可能性がありますが、特に左心房と左心室の間にある“僧帽弁”や左心室と大動脈の間にある“大動脈弁”など、心臓の左側にある弁に生じやすいのが特徴です。これは心臓の左側には血液を全身に送り出す役割があり、常に大きな負荷がかかっているためであると考えられています。
僧帽弁閉鎖不全症と僧帽弁狭窄症の違いとは
僧帽弁閉鎖不全症は、僧帽弁が正常に閉まらず血液が逆流し、症状として息切れや疲労感が現れます。一方、僧帽弁狭窄症では僧帽弁が狭くなり、血液の通り道が制限され、息切れや咳、胸痛が現れます。両疾患は僧帽弁の問題ですが、閉鎖不全症は逆流、狭窄症は通り道の狭さが主な違いです。
適切な診断と治療には医師の指導が必要です。
僧帽弁閉鎖不全症の原因
僧帽弁閉鎖不全症をはじめとする心臓弁膜症は、加齢による弁の変性などによって起こることが知られていますが、そのほかにも病気別にさまざまな原因がみられることがあります。
以下では、僧帽弁閉鎖不全症の主な原因についてご紹介します。
僧帽弁閉鎖不全症の原因(1)器質性
僧帽弁や僧帽弁を支える
僧帽弁閉鎖不全症の原因(2)機能性
僧帽弁の下にある“左心室”が大きくなることによって、僧帽弁が引っ張られてうまく閉じなくなってしまうことを“機能性僧帽弁閉鎖不全症”といいます。左心室が拡大してしまう原因として、
僧房弁閉鎖不全症の患者さんのうち、およそ80%が機能性僧帽弁閉鎖不全症であるといわれています。また、中には器質性と機能性が混在している患者さんもいます。
僧帽弁閉鎖不全症の症状
僧帽弁閉鎖不全症はほかの心臓弁膜症同様、軽度の場合には自覚症状がないことが一般的です。しかし進行すると体のだるさや動悸、体を動かした際の呼吸困難などの症状が現れます。また、さらに進行すると心不全へ発展することもあります。
心不全とは心臓の状態が悪く、息切れやむくみなどの症状が起こる病気です。徐々に悪化し命に関わることもあるため、継続的な治療が必要です。
僧帽弁閉鎖不全症の検査方法
僧帽弁閉鎖不全症にかかると、聴診で心雑音が聞こえたり、胸部X線検査で左心房・左心室が大きくなっている様子が観察できたりします。
確定診断は、心エコー検査で行われることが一般的です。心エコー検査では、僧帽弁の状態や左心房・右心房の大きさのほか、どの程度逆流しているかを評価します。
僧帽弁閉鎖不全症の診断には、いくつかの検査を行います。以下に一般的な検査方法をいくつかご紹介します。
- 聴診: 医師が聴診器を使って心臓の音を聴きます。僧帽弁閉鎖不全症では、心音に異常な音や雑音が聞こえることがあります。
- 超音波心エコー検査: 心臓の構造や僧帽弁の状態を評価するために行われます。音波を使って心臓の映像を取得し、僧帽弁の形状、弁の開閉状態、逆流の程度などを確認します。
- 心電図 (ECG): 心臓の電気的な活動を記録するために行われます。僧帽弁閉鎖不全症では、心臓の拡張期に異常な電気信号が現れることがあります。
- 心臓カテーテル検査: 必要に応じて行われる侵襲的な検査です。カテーテルを血管から挿入し、心臓内部の圧力や血液の酸素濃度を測定します。
僧帽弁閉鎖不全症の重症度は、心エコー(超音波)検査で判定されます。
症状と重症度をまとめた表が下記になります。
この表は一般的な目安であり、個々の症例によって異なる場合があります。症状は重症度が進むにつれて重篤化し、重度以上の場合には重大な症状が現れることがあります。医師が患者の症状と検査結果を総合的に判断し、最適な治療を選択することが重要です。
重症度 | 症状 |
軽度 | 無症状または軽度の疲労感、息切れ |
中等度 | 中等度の息切れ、疲労感、心悸亢進 |
重度 | 呼吸困難、激しい疲労感、肺水腫、拡張期雑音 |
重度以上 | 呼吸困難、激しい疲労感、肺水腫、拡張期雑音、ショック、意識喪失、死亡 |
僧帽弁閉鎖不全症の重症度別の治療方法
軽度から中等度の場合
軽度の症状の場合は、内科的治療として利尿薬や血管拡張薬などの薬物治療を行います。これにより心臓の負担を軽減し、不整脈や血栓の予防を目指します。ただし、内科的治療は症状の進行を抑えるための対症療法であり、僧帽弁の修復自体はできません。
中等度から重度の場合
一般に、呼吸困難などの症状や心臓への負担が増大している場合(左心室の収縮力の低下、左心室の拡大、心不全の出現など)、または重度の僧帽弁逆流が超音波検査で確認される場合は、手術が必要とされます。逆流率が50%以上の場合も同様です。
心房細動を併発している場合は、僧帽弁の修復だけでなく、心房細動を抑えるための手術(メイズ手術など)も検討されることがあります。
僧帽弁閉鎖不全症の手術方法
以下の動画で僧帽弁閉鎖不全症の治療法を詳しく解説しています。
手術には、弁を人工のものに置き換える方法(弁置換術)と、弁を温存し修復する方法(弁形成術)の2つがあります。
また、近年では、マイトラクリップを用いたカテーテル治療*である“経皮的僧帽弁接合不全修復術”が選択されることもあります。薬物療法だけでは心不全発作のコントロールができない患者さんや、高齢や合併症などの理由で手術治療のリスクが高い患者さんなどに対して検討されます。
*カテーテル治療:血管の中に“カテーテル”と呼ばれる細い管を入れて行う治療方法
僧帽弁閉鎖不全症の治療方法 弁形成術
僧帽弁形成術は機能不全になった僧帽弁を手術によって再形成する手術です。
弁形成術の利点は、自己の僧帽弁を保持し修復することで、長期的な治療メリットが期待できることです。また、人工弁を使用しないため、抗凝固剤(血液をサラサラにする薬)の使用が必要な場合でも、服用が少なくて済むことがあります。
そのため、手術の第一選択肢は、弁形成術となります。
ただし、弁形成術には限界があり、すべての症例で適用可能ではありません。病変の範囲や患者の状態によっては、弁形成が困難な場合もあります。その場合には弁置換術などの他の手術方法が検討されることもあります。適切な治療法を選択するためには、医師との相談と評価が重要です。
弁形成術メリット
- 自己の弁を保持: 弁形成術では、患者の自己の僧帽弁を修復するため、他の人工弁や生体弁を使用する必要がありません。自己の弁を保持することで、長期的な治療メリットが期待できます。
- 抗凝固剤の必要性が低い: 人工弁を使用しないため、抗凝固剤(血液をサラサラにする薬)の使用が必要な場合でも、服用の頻度や量が少なくて済むことがあります。
弁形成術デメリット
- 修復が困難な場合もある: 弁形成術は、僧帽弁の状態や病変の範囲によっては修復が困難な場合もあります。場合によっては他の手術方法、例えば弁置換術が必要になることがあります。
- 再手術の可能性: 弁形成術による修復が効果的であっても、一部の症例では修復の効果が持続しない場合があります。その場合、将来的に再手術が必要になることがあります。
僧帽弁閉鎖不全症の治療方法 弁置換術
機能不全を起こしている心臓の僧帽弁を人工弁や生体弁といった他の弁に置き換える手術のことです。
弁置換術には、人工弁と生体弁の2種類があります。
人工弁は特殊なカーボン材料で作られており、寿命は半永久的です。ただし、血液が凝固しやすいため、手術後は抗凝固剤(ワーファリンなど)を毎日服用する必要があります。
生体弁は牛や豚の心膜や大動脈弁を使用しており、機械弁と比べて血液の凝固の心配はありません(ただし、手術後の一定期間は抗凝固剤の服用が必要です)。ただし、生体弁は一般的に15年から20年程度で劣化し、再手術が必要となる場合があります。特に僧帽弁に生体弁を使用した場合は、寿命が短く、10年未満での壊れることがよく見られます。
弁形成術では修復が困難な場合、弁置換術が選択されます。
弁置換術のメリット
- 症状の改善: 弁置換術により逆流が軽減されるため、息切れや疲労感、呼吸困難などの症状が改善されることが期待されます。
弁置換術のデメリット
- 人工弁の寿命は限られており、将来的に再手術が必要になる可能性もあります。
- 血栓のリスクが増加する可能性があります。抗凝固薬(血液をサラサラにする薬)の使用が不可欠となります。
僧帽弁閉鎖不全症のカテーテル治療 マイトラクリップ
僧帽弁閉鎖不全症に対するカテーテル治療は、通常「経皮的僧帽弁接合不全修復術」と呼ばれ、一般的には「マイトラクリップ」と呼ばれる装置を使用します。
この治療では、カテーテルを僧帽弁の位置まで進め、マイトラクリップと呼ばれる装置で僧帽弁の両側の弁尖を摘み、クリップを留めることで僧帽弁を形成します。これにより、閉じられない僧帽弁がうまく閉じるように調整されます。血液の逆流を防ぐことができます。この治療は全身麻酔下で行われ、カテーテルの位置を超音波検査装置の画像を使用して食道に入れて確認し、操作を行います。
マイトラクリップのメリット
- 身体への負担が少ない:マイトラクリップ治療では、外科的な弁置換術と比べて胸部を大きく切開する必要がなく、心臓を停止させる必要もありません。そのため、患者さんへの負担を最小限に抑えることができます。
- 高リスク患者への適用可能性:外科手術が困難な高齢者や他の合併症を持つ患者さんでもマイトラクリップ治療が実施できる場合があります。手術リスクが高い方にも選択肢として考慮されます。
- 早期の社会復帰が可能:マイトラクリップ治療後、早期にリハビリテーションを行うことができます。そのため、通常は約1週間程度の入院期間で治療を完了させることができます。(患者さんの具体的な状態により、入院期間が延びる場合もあります)
マイトラクリップのデメリット
- 適応症が限定される場合もある:マイトラクリップ治療は特定の症例にのみ適用されます。すべての患者さんに適用できるわけではないです。
- 効果が一時的な場合もある:マイトラクリップ治療が逆流を改善する効果がある一方で、一部の患者さんでは効果が一時的で持続しない場合があります。その場合、再度の治療や別の手術が必要になることがあります。
マイトラクリップ治療は、身体への負担が少なく、高リスク患者にも適用可能で早期の社会復帰が期待できるというメリットがあります。ただし、適応症の制限や効果の一時性といったデメリットも考慮する必要があります。
「マイトラクリップを用いたカテーテル治療」について詳しくはこちら
僧帽弁閉鎖不全症の体に負担がかかりにくい手術治療とは?
近年は医学の進歩に伴い、外科的手術でも患者さんの体に負担がかかりにくい方法が続々と登場しています。
以下では、僧帽弁閉鎖不全症の手術の体に負担のかかりにくい手術のアプローチ方法をご紹介します。
低侵襲心臓手術(MICS)と3D内視鏡
MICSとは従来の心臓手術とは異なり、胸骨を切らずに
従来の心臓手術では、胸の中央の皮膚を20〜25cm程度切開し、胸骨を切り開いて手術をする必要がありました。しかし、MICSでは片胸の皮膚を7〜8cm程度(3D-MICS、ロボット手術では3cm程度)切開すればよく、多くは胸骨を切る必要がないため、術後の早期退院が期待できます。
また、MICSで使用される内視鏡はもともと2Dが主流でしたが、近年は3D内視鏡を使用した手術も盛んに行われています。この“3D-MICS”を採用することによって、体の中を立体的に観察しながらの手術が可能です。さらに、肋骨を広げる“開胸器”の使用も不要なため、術後の痛みも軽減されるといわれています。
ロボット支援下手術
ロボット支援下手術とは、手術用ロボットを用いて行う手術のことです。MICS同様、肋骨の隙間から内視鏡カメラやロボットアームを入れて行う手術のため、傷が小さく早期退院が期待できます。
ロボット支援下手術ではロボットアームを使用することにより、従来の治療よりも自在に器具を動かすことができ、細かい作業が得意です。またロボットも3D内視鏡を使用するため、内部を立体的に観察しながら手術ができます。
2024年1月現在、僧帽弁閉鎖不全症におけるロボット支援下手術では、壊れた僧帽弁を形成し直す“僧帽弁形成術”が保険適用となっています。
僧帽弁閉鎖不全症の治療をするタイミング
前述のとおり、軽度な僧帽弁閉鎖不全症であれば、手術治療やカテーテル治療などの積極的な治療を行わず、薬物療法で様子を見ることがあります。しかし、重症の逆流がある場合には手術治療やカテーテル治療が検討されます。
治療を受けるタイミングは医師とよく相談して決定するようにしましょう。
受診希望の方へ
心臓弁膜症にはさまざまな治療方法があり、近年は体に負担のかかりにくい治療方法も登場しています。治療方針を決定する際は病気の状態や全身状態を考慮し、医師とよく相談して決めるようにしましょう。
開胸手術しかないと言われた方は一度ご相談ください。